【おわび】2022年3月26日配信の新型コロナウイルス関連番組につきまして
2022年3月26日配信のポッドキャスト「新型コロナウイルス関連について、2022年3月25日時点の最新情報をお届けする番組」(下記リンク先)
・ヴォイニッチの科学書(有料版)
・新型コロナウイルス関連番組
におきまして、科学的に不適切な情報提供がありましたので、下記お詫びいたします。
番組最後で、bjからの「塩野義製薬が治療薬を開発し、政府が買い上げる契約をした」という話題提供につきまして、早速リスナーの方からレスポンスを頂きました。
>>さて、塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬S-217622が 国内供給に向けて厚生労働省と基本合意されたそうですが、 この治療薬、「抗ウイルス効果はあり」、「症状改善効果はほぼなし」と されていたと思います。 これは、症状がそれ以上進行することを防ぎ、その間に対象療法薬で治療していく、 という薬ということでしょうか? 番組での回答、よろしくお願いします。
現在、新型コロナウイルス感染症治療薬のすべてが、重症化リスクを有する軽症・中等症・重症者向け治療薬です。現時点で欠けているのは「重症化リスクのない軽症・中等症者」患者において確かな安全性と有効性を備えた医薬品です。ここで期待されているのが、塩野義製薬の3CLプロテアーゼ阻害薬(S-217622)でした。
塩野義製薬は2月25日に「条件付き早期承認制度」の適用を求めて製造販売承認申請を行いましたが、審議会では現状は保留扱いになっているものと思われます。その背景にはS-217622の完成度の低さがあるのではないかと私は考えています。S-217622の第II/III相臨床試験は、重症化リスクに配慮していない発症から120時間以内の軽症・中等症の患者に対して、1日1回、5日間の経口投与が行われました。参加した症例数は69例で、評価項目はウイルス力価と設定され、比較対照群は治療効果の無い偽薬プラセボ投与が行われています。
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・新型コロナウイルス関連番組
におきまして、科学的に不適切な情報提供がありましたので、下記お詫びいたします。
番組最後で、bjからの「塩野義製薬が治療薬を開発し、政府が買い上げる契約をした」という話題提供につきまして、早速リスナーの方からレスポンスを頂きました。
>>さて、塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬S-217622が 国内供給に向けて厚生労働省と基本合意されたそうですが、 この治療薬、「抗ウイルス効果はあり」、「症状改善効果はほぼなし」と されていたと思います。 これは、症状がそれ以上進行することを防ぎ、その間に対象療法薬で治療していく、 という薬ということでしょうか? 番組での回答、よろしくお願いします。
現在、新型コロナウイルス感染症治療薬のすべてが、重症化リスクを有する軽症・中等症・重症者向け治療薬です。現時点で欠けているのは「重症化リスクのない軽症・中等症者」患者において確かな安全性と有効性を備えた医薬品です。ここで期待されているのが、塩野義製薬の3CLプロテアーゼ阻害薬(S-217622)でした。
塩野義製薬は2月25日に「条件付き早期承認制度」の適用を求めて製造販売承認申請を行いましたが、審議会では現状は保留扱いになっているものと思われます。その背景にはS-217622の完成度の低さがあるのではないかと私は考えています。S-217622の第II/III相臨床試験は、重症化リスクに配慮していない発症から120時間以内の軽症・中等症の患者に対して、1日1回、5日間の経口投与が行われました。参加した症例数は69例で、評価項目はウイルス力価と設定され、比較対照群は治療効果の無い偽薬プラセボ投与が行われています。
結果はおおまかにいうと
・プラセボ群に対して低用量群、高用量群は有意なウイルス力価とウイルスRNA量の減少を確認
・ウイルス力価陽性患者割合は、プラセボ群と比較して低用量群で63%、高用量群で80%減少
・ウイルス力価陰性化までの時間はプラセボ群に対して低用量群、高用量群とも2日短縮
という、リスナーからのご指摘の通り「抗ウイルス効果はある」と言えるものです。
一方で臨床症状の改善についてどうかといえば、新型コロナウイルス感染症の12の症状についてスコアを付けた結果、若干の改善傾向は見られるものの、5回投与後で低用量群、高用量群ともプラセボ群に比べて有意差は認められなかった、という、つまり、効かなかったというデータが出ています。
さらに有害事象は軽度ながらもプラセボを上回るHDL減少、血中TGの増加が見られています。つまり、ウイルス量は減っているように見えるものの、改善効果は無いというのが現時点で公表されている結論です。すでに多くの治療薬が臨床で使用されている現状を鑑みると、治療効果の無いS-217622が条件付き早期承認制度のもとに承認を受けることはないのではないかと私は想像します。これまで何度か「ヴォイニッチの科学書」や拙著などで臨床試験の仕組みについて解説していますが、稚拙なデータ公表と臨床使用は多くの市中患者を危険にさらす行為です。現在、S-217622については、グローバル第III相試験が進行しており、より大人数の患者でのデータの確認が必要です。
番組中で、S-217622があたかも有望な国産治療薬で、政府がそれを買い上げる決定をしたという解説は誤りであったと判断いたしました。ここにお詫びいたします。
・プラセボ群に対して低用量群、高用量群は有意なウイルス力価とウイルスRNA量の減少を確認
・ウイルス力価陽性患者割合は、プラセボ群と比較して低用量群で63%、高用量群で80%減少
・ウイルス力価陰性化までの時間はプラセボ群に対して低用量群、高用量群とも2日短縮
という、リスナーからのご指摘の通り「抗ウイルス効果はある」と言えるものです。
一方で臨床症状の改善についてどうかといえば、新型コロナウイルス感染症の12の症状についてスコアを付けた結果、若干の改善傾向は見られるものの、5回投与後で低用量群、高用量群ともプラセボ群に比べて有意差は認められなかった、という、つまり、効かなかったというデータが出ています。
さらに有害事象は軽度ながらもプラセボを上回るHDL減少、血中TGの増加が見られています。つまり、ウイルス量は減っているように見えるものの、改善効果は無いというのが現時点で公表されている結論です。すでに多くの治療薬が臨床で使用されている現状を鑑みると、治療効果の無いS-217622が条件付き早期承認制度のもとに承認を受けることはないのではないかと私は想像します。これまで何度か「ヴォイニッチの科学書」や拙著などで臨床試験の仕組みについて解説していますが、稚拙なデータ公表と臨床使用は多くの市中患者を危険にさらす行為です。現在、S-217622については、グローバル第III相試験が進行しており、より大人数の患者でのデータの確認が必要です。
番組中で、S-217622があたかも有望な国産治療薬で、政府がそれを買い上げる決定をしたという解説は誤りであったと判断いたしました。ここにお詫びいたします。
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日本人型記憶免疫キラーT細胞
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2020年以降、日本人の新型コロナウイルス感染症の感染者数や死亡者数の割合は欧米に比べて低いことが知られていますが、その理由は不明です。
一般にウイルス感染症では、抗体がウイルスの体内侵入を防御しますが、ウイルスが体内に侵入した場合は、免疫細胞の「CD8陽性細胞傷害性T細胞(=キラーT細胞)」が活躍します。キラーT細胞は、感染細胞上でヒト白血球型抗原(HLA)に提示された抗原の一部を認識し、感染細胞を全て破壊することで、重篤化を防いでいます。この抗原の一部とは「エピトープ(抗原決定基)」と呼ばれるウイルスの特定の構造単位で、数個のアミノ酸などからなる配列(ペプチド)です。従って、重篤なCOVID-19を防ぐにはエピトープを見つけることが重要です。しかし、これまでエピトープの探索は主に欧米人で行われており、日本人におけるT細胞の反応性の詳細は不明でした。
私たちは季節性コロナウイルスには感染経験があるため、その「記憶免疫キラーT細胞」が体内に存在しています。しかし、その記憶免疫キラーT細胞が新型コロナウイルスに対しても殺傷効果を示す、つまり「交差反応」をするかどうかは検証されていませんでした。
理化学研究所などの共同研究グループは、新型コロナウイルスのSタンパク質領域に存在するエピトープに着目し、まずコンピューター解析で、日本人型ヒト白血球抗原に親和性の高い6種類のエピトープ候補を選び出しました。そして、新型コロナウイルスに対する解析系を確立し、6種類の中から最も有力なエピトープとして、Pep#3(QYIペプチド:QYIKWPWYI)を同定しました。さらに、同定したQYIペプチドが日本人型ヒト白血球抗原を持つ健常人の末梢血から80%以上という高い確率でキラーT細胞を誘導できること、また誘導されたキラーT細胞が細胞傷害活性を示すことを示しました。
日本人のCOVID-19感染者数や死亡者数の割合は、欧米と比べて低いことの理由を探るため、本研究では日本人に多いタイプのキラーT細胞が認識する抗原部位を探索し、実際に多くの人が反応する部位を同定することに成功しました。また、別の実験において、新型コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞の反応が、日本人では季節コロナウイルスとの交差反応性が高いこともわかっています。
今後、ワクチン接種者や既感染者について詳しく調べることで、本研究で得られた結果がブレークスルー感染や重症化の予防の指標になると考えられます。
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2020年以降、日本人の新型コロナウイルス感染症の感染者数や死亡者数の割合は欧米に比べて低いことが知られていますが、その理由は不明です。
一般にウイルス感染症では、抗体がウイルスの体内侵入を防御しますが、ウイルスが体内に侵入した場合は、免疫細胞の「CD8陽性細胞傷害性T細胞(=キラーT細胞)」が活躍します。キラーT細胞は、感染細胞上でヒト白血球型抗原(HLA)に提示された抗原の一部を認識し、感染細胞を全て破壊することで、重篤化を防いでいます。この抗原の一部とは「エピトープ(抗原決定基)」と呼ばれるウイルスの特定の構造単位で、数個のアミノ酸などからなる配列(ペプチド)です。従って、重篤なCOVID-19を防ぐにはエピトープを見つけることが重要です。しかし、これまでエピトープの探索は主に欧米人で行われており、日本人におけるT細胞の反応性の詳細は不明でした。
私たちは季節性コロナウイルスには感染経験があるため、その「記憶免疫キラーT細胞」が体内に存在しています。しかし、その記憶免疫キラーT細胞が新型コロナウイルスに対しても殺傷効果を示す、つまり「交差反応」をするかどうかは検証されていませんでした。
理化学研究所などの共同研究グループは、新型コロナウイルスのSタンパク質領域に存在するエピトープに着目し、まずコンピューター解析で、日本人型ヒト白血球抗原に親和性の高い6種類のエピトープ候補を選び出しました。そして、新型コロナウイルスに対する解析系を確立し、6種類の中から最も有力なエピトープとして、Pep#3(QYIペプチド:QYIKWPWYI)を同定しました。さらに、同定したQYIペプチドが日本人型ヒト白血球抗原を持つ健常人の末梢血から80%以上という高い確率でキラーT細胞を誘導できること、また誘導されたキラーT細胞が細胞傷害活性を示すことを示しました。
日本人のCOVID-19感染者数や死亡者数の割合は、欧米と比べて低いことの理由を探るため、本研究では日本人に多いタイプのキラーT細胞が認識する抗原部位を探索し、実際に多くの人が反応する部位を同定することに成功しました。また、別の実験において、新型コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞の反応が、日本人では季節コロナウイルスとの交差反応性が高いこともわかっています。
今後、ワクチン接種者や既感染者について詳しく調べることで、本研究で得られた結果がブレークスルー感染や重症化の予防の指標になると考えられます。
食欲を抑える神経細胞の一種を発見
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北海道大学の研究グループは、全身代謝・体温・食欲などを司る脳の一部である視床下部の背内側核と呼ばれる神経核において、食後に活性化し食欲を抑える働きがある神経細胞を発見しました。
脳の中でも視床下部は食欲の調節に重要であり、食欲を増加または抑制する様々な神経細胞が報告されてきました。研究グループは、活性化した神経細胞を蛍光タンパク質で標識できるマウスを使って、食後に脳内のどの神経細胞が活性化するかを調べました。
その結果、食後に活性化神経が増加していたのは、これまで満腹中枢と言われていた視床下部の腹内側核や弓状核ではなく背内側核でした。食後に活性化した背内側核の神経細胞を別の日に人工的に活性化するとマウスの食事量が低下し、人為的な抑制は食事量を増加しました。この神経に発現する遺伝子を調べると作動性神経であることがわかりました。この神経細胞の発見により、肥満の予防・治療開発への貢献が期待されます。
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脳の中でも視床下部は食欲の調節に重要であり、食欲を増加または抑制する様々な神経細胞が報告されてきました。研究グループは、活性化した神経細胞を蛍光タンパク質で標識できるマウスを使って、食後に脳内のどの神経細胞が活性化するかを調べました。
その結果、食後に活性化神経が増加していたのは、これまで満腹中枢と言われていた視床下部の腹内側核や弓状核ではなく背内側核でした。食後に活性化した背内側核の神経細胞を別の日に人工的に活性化するとマウスの食事量が低下し、人為的な抑制は食事量を増加しました。この神経に発現する遺伝子を調べると作動性神経であることがわかりました。この神経細胞の発見により、肥満の予防・治療開発への貢献が期待されます。
氷に閉じ込められた太古の大気からアルゴンを検出
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北海道大学、国立極地研究所、長岡技術科学大学らの研究グループは、グリーンランド氷床の深部氷中に形成される空気包接水和物(エアハイドレート)結晶中に、太古の大気微量成分であるアルゴンが含有されていることを、新しい検出法を用いて発見しました。
南極やグリーンランドには夏でも融けない巨大な氷体(氷床)が存在し、雪から氷に変化するときにその時代の大気を気泡として氷中に取り込みます。毎年の積雪により氷床の深い氷ほど古い大気を保存しており、太古の大気の直接解析が期待されますが、氷床深部では気泡は圧縮されて消滅し、無色透明で直径1mm以下の微細なエアハイドレート結晶に変化してしまいます。結晶内に大気の主成分である窒素、酸素が存在することは確認されていますが、それ以外の微量成分は発見されておらず、氷中のどこにあるかわかりませんでした。
そこで本研究グループは、3番目に多い大気成分であるアルゴンがエアハイドレート結晶中に存在していることを確かめるため、新たに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた検出技術を用いて、グリーンランド氷床深部氷(2万年前の氷河期の氷と、12万5千年前の間氷期の氷)中のエアハイドレート結晶を分析しました。その結果、アルゴンがエアハイドレート結晶中に含まれていることを発見しました。
本研究成果は、極地氷床氷中に含まれる太古の空気の解析精度を向上させ、地球環境の変化の歴史と私たちの人間活動による影響を明らかにする研究にも繋がると期待されます。
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南極やグリーンランドには夏でも融けない巨大な氷体(氷床)が存在し、雪から氷に変化するときにその時代の大気を気泡として氷中に取り込みます。毎年の積雪により氷床の深い氷ほど古い大気を保存しており、太古の大気の直接解析が期待されますが、氷床深部では気泡は圧縮されて消滅し、無色透明で直径1mm以下の微細なエアハイドレート結晶に変化してしまいます。結晶内に大気の主成分である窒素、酸素が存在することは確認されていますが、それ以外の微量成分は発見されておらず、氷中のどこにあるかわかりませんでした。
そこで本研究グループは、3番目に多い大気成分であるアルゴンがエアハイドレート結晶中に存在していることを確かめるため、新たに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた検出技術を用いて、グリーンランド氷床深部氷(2万年前の氷河期の氷と、12万5千年前の間氷期の氷)中のエアハイドレート結晶を分析しました。その結果、アルゴンがエアハイドレート結晶中に含まれていることを発見しました。
本研究成果は、極地氷床氷中に含まれる太古の空気の解析精度を向上させ、地球環境の変化の歴史と私たちの人間活動による影響を明らかにする研究にも繋がると期待されます。
糞便の顕微鏡画像から腸内細菌叢を推定
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哺乳類の腸内には、およそ1000種類にも及ぶ多様な腸内細菌が生息しています。これら腸内細菌からなる生態系を「腸内細菌叢」と呼び、近年のさまざまな研究から、腸内細菌叢の組成は個人差が大きく、食生活や疾病などによって変化することが分かっています。また、腸内細菌叢がヒトの健康や生活の質に大きな影響を与えることも明らかになりつつあります。腸内細菌叢の状態を調べ、その変化を予測しコントロールする技術の開発は、医療やヘルスケア分野における重要な課題です。
腸内にどのような細菌がどれだけ存在するかを調べる手法として、腸内細菌ゲノムの特定の領域をPCR法によって増幅し、そこに含まれる配列の種類とその数を調べる「アンプリコンシーケンス解析」が広く用いられています。ただしこの手法は、解析に次世代シーケンサーを用いることから、比較的複雑な実験操作や長い分析時間、高いコストを要します。そのため、例えば個人の腸内細菌叢の日々の変化を調べるなど、多くのサンプルを迅速に解析する場合においては、必ずしも適した手法とはいえませんでした。
一方、機械学習・人工知能の技術の進展は、画像データからさまざまな情報を読み解くことを可能にしました。たとえば、病理画像を深層学習などの人工知能に学習させることにより、さまざまながん組織の高精度な検出が可能になっています。理化学研究所の研究者らは、深層学習を用いて糞便の顕微鏡画像から腸内細菌叢の状態を推定する新たな手法を開発しました。
腸内細菌叢の状態を変化させる処理を施したマウスを用意し、その糞便を採取し、腸内細菌をグラム染色と呼ばれる方法で可視化し、低倍率の顕微鏡で画像を取得しました。そのような画像を数百枚用意し、深層学習に入力データとして与え学習させることにより、マウスの腸内細菌叢状態を推定できるか検証しました。
その結果、おおよそ正しい腸内細菌叢の推定に成功し、腸内疾患の発症処置や高脂肪食の摂取を行った糞便画像から腸内細菌叢の連続的な変化が推定できていることが示されました。
さらに、糞便サンプルの腸内細菌叢のおよそ属レベルの組成とその存在比を調べ、その組成を糞便の画像から予測できるかを検証しました。その結果、標準マウス、大腸炎発症・回復マウスと肥満マウス、それぞれについて、細菌種の組成比までも高い精度で予測することに成功しました。
今回開発したこの技術を医療応用することで、例えば腸内細菌叢の乱れが素因となるような大腸がんや大腸炎を、糞便画像から病理検査室で診断できる可能性があります。また、簡単な光学系とデジタルカメラ、そして適切な流路をトイレに設置し、糞便の顕微鏡画像を自動で取得できれば、個人の腸内細菌叢が日々どのように変化するかを追跡し、疾患の発症を予測できる可能性があります。
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哺乳類の腸内には、およそ1000種類にも及ぶ多様な腸内細菌が生息しています。これら腸内細菌からなる生態系を「腸内細菌叢」と呼び、近年のさまざまな研究から、腸内細菌叢の組成は個人差が大きく、食生活や疾病などによって変化することが分かっています。また、腸内細菌叢がヒトの健康や生活の質に大きな影響を与えることも明らかになりつつあります。腸内細菌叢の状態を調べ、その変化を予測しコントロールする技術の開発は、医療やヘルスケア分野における重要な課題です。
腸内にどのような細菌がどれだけ存在するかを調べる手法として、腸内細菌ゲノムの特定の領域をPCR法によって増幅し、そこに含まれる配列の種類とその数を調べる「アンプリコンシーケンス解析」が広く用いられています。ただしこの手法は、解析に次世代シーケンサーを用いることから、比較的複雑な実験操作や長い分析時間、高いコストを要します。そのため、例えば個人の腸内細菌叢の日々の変化を調べるなど、多くのサンプルを迅速に解析する場合においては、必ずしも適した手法とはいえませんでした。
一方、機械学習・人工知能の技術の進展は、画像データからさまざまな情報を読み解くことを可能にしました。たとえば、病理画像を深層学習などの人工知能に学習させることにより、さまざまながん組織の高精度な検出が可能になっています。理化学研究所の研究者らは、深層学習を用いて糞便の顕微鏡画像から腸内細菌叢の状態を推定する新たな手法を開発しました。
腸内細菌叢の状態を変化させる処理を施したマウスを用意し、その糞便を採取し、腸内細菌をグラム染色と呼ばれる方法で可視化し、低倍率の顕微鏡で画像を取得しました。そのような画像を数百枚用意し、深層学習に入力データとして与え学習させることにより、マウスの腸内細菌叢状態を推定できるか検証しました。
その結果、おおよそ正しい腸内細菌叢の推定に成功し、腸内疾患の発症処置や高脂肪食の摂取を行った糞便画像から腸内細菌叢の連続的な変化が推定できていることが示されました。
さらに、糞便サンプルの腸内細菌叢のおよそ属レベルの組成とその存在比を調べ、その組成を糞便の画像から予測できるかを検証しました。その結果、標準マウス、大腸炎発症・回復マウスと肥満マウス、それぞれについて、細菌種の組成比までも高い精度で予測することに成功しました。
今回開発したこの技術を医療応用することで、例えば腸内細菌叢の乱れが素因となるような大腸がんや大腸炎を、糞便画像から病理検査室で診断できる可能性があります。また、簡単な光学系とデジタルカメラ、そして適切な流路をトイレに設置し、糞便の顕微鏡画像を自動で取得できれば、個人の腸内細菌叢が日々どのように変化するかを追跡し、疾患の発症を予測できる可能性があります。
紅葉がない
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近年世界的に紅葉に異変が起きています。紅葉は植物のサイクルとして重要なだけではなく、観光資源収入としても重要です。紅葉に異変が起きている理由は、気候変動の影響で秋が暖かくなっているからだと科学者は考えています。
米国・海洋大気局によると、2021年の10月は過去142年間の記録の中で4番目に暖かい10月となりました。しかも、これまでで最も暖かった10月のトップ8は、昨年までの過去8年間、つまり、この8年間で急激に秋の気温が上昇しているのです。特に今年の紅葉は遅れており、最近行われたカエデの紅葉に関する調査によると、19世紀以降、紅葉の開始は1カ月以上遅くなっているということです。
紅葉の時期が遅くなっているということは、樹木の成長サイクルが混乱していることを示しています。これが生態系にどのような影響を及ぼすかについては、まだほとんど把握できていません。秋の気温が上昇して紅葉が無くなることは、地球温暖化の影響ですが、樹木は大気中の二酸化炭素を取り込んで固定することに重要な役割を担っており、樹木の成長サイクルの変化は地球温暖化をさらに加速させる可能性や、逆に二酸化炭素の固定量を増やす可能性もあり、地球温暖化予測に大きな影響を及ぼします。
紅葉の遅れが森林の崩壊を予兆するものなのではないかと述べている科学者もいます。というのも植物は紅葉を経て冬への備えをする必要があるからです。春から夏にかけて樹木は葉緑素をたっぷり含んだ葉を茂らせ、成長と生存に必要なエネルギーを得ます。秋になって気温が下がると、樹木は葉緑素の生成をやめ、葉緑素が無くなり、葉の地のである黄色やオレンジ色が見えるようになって、つまり紅葉して、葉に残った栄養分を吸収して冬に備え、落葉します。地球温暖化に樹木がどこまで対応できるかはまだ分かっていないのですが、紅葉のプロセスを通じて樹木が葉の栄養分を吸収できなければ、森林や森林に支えられる生態系に問題が生じる可能性もあります。
米国・ジャクソン研究所の長期的調査によると、米国では1880年以降、カエデの紅葉の始まりの時間が年平均で約6時間遅れていることがわかりました。これはこの期間に、紅葉が1カ月以上遅れたことを意味しています。しかも、紅葉が遅くなっているにもかかわらず落葉は逆に早くなっていることがわかりました。これは、気温の高い時期が長くなり、秋が短くなることによって暖かい時期と寒い時期の変わり目が短くなっていることを意味しています。これによって、樹木は葉に残っている糖分や炭水化物を吸収し終えることができなくなっているかもしれません。そうなれば、翌年の樹木の生育や寿命に悪影響が出ます。それは再び気候変動に影響を与え、最悪、負のスパイラルに陥り、各国が目標としている地球温暖化対策が功を奏しなくなる可能性もあります。
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近年世界的に紅葉に異変が起きています。紅葉は植物のサイクルとして重要なだけではなく、観光資源収入としても重要です。紅葉に異変が起きている理由は、気候変動の影響で秋が暖かくなっているからだと科学者は考えています。
米国・海洋大気局によると、2021年の10月は過去142年間の記録の中で4番目に暖かい10月となりました。しかも、これまでで最も暖かった10月のトップ8は、昨年までの過去8年間、つまり、この8年間で急激に秋の気温が上昇しているのです。特に今年の紅葉は遅れており、最近行われたカエデの紅葉に関する調査によると、19世紀以降、紅葉の開始は1カ月以上遅くなっているということです。
紅葉の時期が遅くなっているということは、樹木の成長サイクルが混乱していることを示しています。これが生態系にどのような影響を及ぼすかについては、まだほとんど把握できていません。秋の気温が上昇して紅葉が無くなることは、地球温暖化の影響ですが、樹木は大気中の二酸化炭素を取り込んで固定することに重要な役割を担っており、樹木の成長サイクルの変化は地球温暖化をさらに加速させる可能性や、逆に二酸化炭素の固定量を増やす可能性もあり、地球温暖化予測に大きな影響を及ぼします。
紅葉の遅れが森林の崩壊を予兆するものなのではないかと述べている科学者もいます。というのも植物は紅葉を経て冬への備えをする必要があるからです。春から夏にかけて樹木は葉緑素をたっぷり含んだ葉を茂らせ、成長と生存に必要なエネルギーを得ます。秋になって気温が下がると、樹木は葉緑素の生成をやめ、葉緑素が無くなり、葉の地のである黄色やオレンジ色が見えるようになって、つまり紅葉して、葉に残った栄養分を吸収して冬に備え、落葉します。地球温暖化に樹木がどこまで対応できるかはまだ分かっていないのですが、紅葉のプロセスを通じて樹木が葉の栄養分を吸収できなければ、森林や森林に支えられる生態系に問題が生じる可能性もあります。
米国・ジャクソン研究所の長期的調査によると、米国では1880年以降、カエデの紅葉の始まりの時間が年平均で約6時間遅れていることがわかりました。これはこの期間に、紅葉が1カ月以上遅れたことを意味しています。しかも、紅葉が遅くなっているにもかかわらず落葉は逆に早くなっていることがわかりました。これは、気温の高い時期が長くなり、秋が短くなることによって暖かい時期と寒い時期の変わり目が短くなっていることを意味しています。これによって、樹木は葉に残っている糖分や炭水化物を吸収し終えることができなくなっているかもしれません。そうなれば、翌年の樹木の生育や寿命に悪影響が出ます。それは再び気候変動に影響を与え、最悪、負のスパイラルに陥り、各国が目標としている地球温暖化対策が功を奏しなくなる可能性もあります。
オミクロン株
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南アフリカで最初に報告された新型コロナウイルスの新たな変異株につき、2021年11月26日、世界保健機関(WHO)は、これを「オミクロン株」と命名し、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタなどと同じ「懸念される変異株(VOC)」に分類しました。
オミクロン株については未解明な点が未だ多いのですが、南アフリカにおける状況は、オミクロン株がこれまでの株よりも拡散しやすいことを示唆しています。2021年11月9日に、オミクロン株が初めて確認された南アフリカ共和国ハウテン州ツワネでは、オミクロン株確認から3週間で陽性率が1%未満から30%以上に急増しました。2021年11月25日になると、南アフリカで遺伝子解析された新型コロナウイルスの76%をオミクロン株が占めるまでに勢力を急拡大しています。
南アフリカ共和国には必要な量のワクチンが届いておらず、ワクチン接種率が23%にとどまっています。それが新型コロナウイルスに変異のチャンスを与え、感染が広がりやすく、抗体が効きにくい変異株の出現を許してしまったと考えられます。
オミクロン株は、ヒトの細胞に感染するために不可欠なスパイクタンパク質で、これまで知られていなかった変異が12カ所認められ、これまでの変異株において確認されていた変異も含めれば、スパイクタンパク質に全部で32の変異が確認されています。これは、現在の抗体が結合するほぼすべての部位に該当し、あまりに変異が多いために、既存の抗体がオミクロン株を中和する能力を低下させ、現行のワクチンが効きにくいのではないかとの懸念があります。
スパイクタンパク質の69番と70番のアミノ酸が欠失するオミクロン株の変異は、感染力を元のウイルスの2倍に上げることが試験管内実験で分かっています。
501番の変異は、アルファ株、ベータ株、ガンマ株と共通で、スパイクタンパク質を細胞により強く結合させ、ウイルスの細胞への感染効率を高めることが知られています。
655、679、681番の変異は、ウイルスをヒト細胞に感染しやすくすることが、同じ変異を持つミュー株に関する研究からわかっており、この結果、ウイルスはより感染拡大しやすくなります。
681番の変異についてはさらに、アルファ株における速い複製と関係していることが示唆されています。
796番のアミノ酸の変異は、免疫反応を回避する能力に関係することがアルファ株における解析から明らかになっています。
予備的なデータに基づけば、既存のワクチンの接種とブースター接種は依然として新型コロナウイルス感染症に対抗する有力な対処方法であり、マスクの着用、三蜜を避けるなどの基本的な感染症対策も有効であることは多くの科学者が認めています。
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南アフリカで最初に報告された新型コロナウイルスの新たな変異株につき、2021年11月26日、世界保健機関(WHO)は、これを「オミクロン株」と命名し、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタなどと同じ「懸念される変異株(VOC)」に分類しました。
オミクロン株については未解明な点が未だ多いのですが、南アフリカにおける状況は、オミクロン株がこれまでの株よりも拡散しやすいことを示唆しています。2021年11月9日に、オミクロン株が初めて確認された南アフリカ共和国ハウテン州ツワネでは、オミクロン株確認から3週間で陽性率が1%未満から30%以上に急増しました。2021年11月25日になると、南アフリカで遺伝子解析された新型コロナウイルスの76%をオミクロン株が占めるまでに勢力を急拡大しています。
南アフリカ共和国には必要な量のワクチンが届いておらず、ワクチン接種率が23%にとどまっています。それが新型コロナウイルスに変異のチャンスを与え、感染が広がりやすく、抗体が効きにくい変異株の出現を許してしまったと考えられます。
オミクロン株は、ヒトの細胞に感染するために不可欠なスパイクタンパク質で、これまで知られていなかった変異が12カ所認められ、これまでの変異株において確認されていた変異も含めれば、スパイクタンパク質に全部で32の変異が確認されています。これは、現在の抗体が結合するほぼすべての部位に該当し、あまりに変異が多いために、既存の抗体がオミクロン株を中和する能力を低下させ、現行のワクチンが効きにくいのではないかとの懸念があります。
スパイクタンパク質の69番と70番のアミノ酸が欠失するオミクロン株の変異は、感染力を元のウイルスの2倍に上げることが試験管内実験で分かっています。
501番の変異は、アルファ株、ベータ株、ガンマ株と共通で、スパイクタンパク質を細胞により強く結合させ、ウイルスの細胞への感染効率を高めることが知られています。
655、679、681番の変異は、ウイルスをヒト細胞に感染しやすくすることが、同じ変異を持つミュー株に関する研究からわかっており、この結果、ウイルスはより感染拡大しやすくなります。
681番の変異についてはさらに、アルファ株における速い複製と関係していることが示唆されています。
796番のアミノ酸の変異は、免疫反応を回避する能力に関係することがアルファ株における解析から明らかになっています。
予備的なデータに基づけば、既存のワクチンの接種とブースター接種は依然として新型コロナウイルス感染症に対抗する有力な対処方法であり、マスクの着用、三蜜を避けるなどの基本的な感染症対策も有効であることは多くの科学者が認めています。
迅速な自己修復性を示す機能性材料
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損傷から自己修復できる材料は用途が幅広く展開できるため、様々の材料が研究されています。ところが、それらの多くは、修復の原理として、水素結合やイオン相互作用などを利用していることが多く、相互作用が水や酸などで失われやすい欠点があり、リアルワールドでの機能性の発揮には問題がありました。
一方で、包装材などに使われているポリエチレンに代表されるポリオレフィンは、耐久性が高いメリットがあります。理化学研究所の研究グループは2019年に、独自に開発した希土類触媒を用いることにより、独自のポリエチレン合成方法を開発し、得られたポリマーが優れた自己修復性能を示すことを明らかにしました。また、ポリエチレン構造の中の置換基をどのようにするかが熱物性や自己修復特性に大きく影響することが分かりました。
そこで、これらの研究成果を踏まえ、希土類金属触媒を用いたエチレンと置換基の異なる2種類のアニシルプロピレン類との三元共重合反応によりポリオレフィンの開発に取り組みました。
スカンジウム(Sc)触媒を用いて、得られたポリオレフィンは、伸び率約1,400%、破断強度約3メガパスカルと優れた物性を示すだけではなく、迅速な自己修復性能があることが明らかになりました。外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、迅速に自己修復します。自己修復性能を引張試験で評価したところ、5分で引っ張り強度が97%回復することがわかりました。これはたとえば、薄膜をナイフで切りつけても、約1分で自己修復し、傷がほぼ消えるレベルの修復力です。切断面をくっつけると、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットやエチレン-メトキシアリールプロピレン交互ユニットが分子間相互作用で再凝集することが自己修復のメカニズムであることもわかりました。
水素結合やイオン結合などを活用する従来の自己修復性材料は、水中ではそれらの相互作用が弱まるため、うまく機能しないことがあります。しかし、今回開発したポリオレフィン構造は水の影響を受けないため、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性を発現できる点が大きな特長です。
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損傷から自己修復できる材料は用途が幅広く展開できるため、様々の材料が研究されています。ところが、それらの多くは、修復の原理として、水素結合やイオン相互作用などを利用していることが多く、相互作用が水や酸などで失われやすい欠点があり、リアルワールドでの機能性の発揮には問題がありました。
一方で、包装材などに使われているポリエチレンに代表されるポリオレフィンは、耐久性が高いメリットがあります。理化学研究所の研究グループは2019年に、独自に開発した希土類触媒を用いることにより、独自のポリエチレン合成方法を開発し、得られたポリマーが優れた自己修復性能を示すことを明らかにしました。また、ポリエチレン構造の中の置換基をどのようにするかが熱物性や自己修復特性に大きく影響することが分かりました。
そこで、これらの研究成果を踏まえ、希土類金属触媒を用いたエチレンと置換基の異なる2種類のアニシルプロピレン類との三元共重合反応によりポリオレフィンの開発に取り組みました。
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水素結合やイオン結合などを活用する従来の自己修復性材料は、水中ではそれらの相互作用が弱まるため、うまく機能しないことがあります。しかし、今回開発したポリオレフィン構造は水の影響を受けないため、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性を発現できる点が大きな特長です。
コウモリはすごい
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コウモリと言えば、最近では新型コロナウイルスの宿主ではないかと疑われるなど、あまり良いイメージは持たれない動物かもしれませんが、実は卓越した5つの能力を持つスーパー哺乳類であることはあまり知られていません。そもそも、コウモリが鳥類ではなく、哺乳類であることも知られていないのではないでしょうか。哺乳類では、他にもムササビ、モモンガ、ヒヨケザルなどの空中を滑空する種が知られていますが、鳥類に匹敵するほどの完全な飛行能力を有する哺乳類はコウモリだけです。
超絶能力 その1:反響定位(エコーロケーション)
コウモリも目は見えますが、多くの場合コウモリは視覚には頼らず、洞窟の暗闇を反響定位で髪の太さほどの精度で周辺環境を計測して飛行します。反響定位は、高周波の音を物体に反射させ、その反響音を聞くことで周囲の環境を認識する方法ですが、コウモリは反響定位によって、獲物までの距離や、獲物の大きさなどを把握して狩りを行います。
超絶能力 その2:高速飛行
コウモリの翼は、鳥の翼とは構造が大きく異なり、むしろ人間の手に近い構造をしています。細長い指が柔軟な膜でつながっており、翼には血管、神経、筋肉があり、その飛行速度は時速160キロを記録したこともあります。
超絶能力 その3:長寿
普通、生物は小さな身体は大きな身体の動物に比べて寿命が短いのが一般的です。ところがコウモリは10グラム前後しか体重がないのに、これまでに記録された最高齢のコウモリは少なくとも41年も生きた記録が残っています。ある種のコウモリのテロメアは短縮しないことがわかっていますが、長寿についてはまだ謎が多い段階です。
超絶能力 その4:ウイルスへの抵抗力
コウモリは長生きでしかも、生涯健康でがんも発症しないことがわかっています。また病原性の強いウイルスに感染しても発症しません。この点に関しては近年の遺伝子解析によってコウモリの免疫関連遺伝子は、ウイルスとの激しい攻防を繰り返す進化の歴史の中で、著しく強力な抵抗性を獲得してきたことがわかってきています。この免疫力を人間の免疫獲得に応用できるのではないか、という研究も進んでいます。
最後の5番目の超絶能力は、生態系を健全に保つ能力です。コウモリのほとんどは昆虫が主な食料です。それら昆虫の中には、農作物に損害を与える害虫も多く含まれています。米国における試算では、コウモリによって害虫が駆除された結果節約された農薬の費用は年間2兆円を超えるとされています。さらには作物の受粉もコウモリは行っており、バナナ、マンゴー、グアバ、カカオなどは結実においてコウモリの効果が大きいことがわかっている作物です。その他、テキーラの原料であるブルーアガベの受粉に欠かせない存在であることも酒飲みの間では有名な話です。
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コウモリと言えば、最近では新型コロナウイルスの宿主ではないかと疑われるなど、あまり良いイメージは持たれない動物かもしれませんが、実は卓越した5つの能力を持つスーパー哺乳類であることはあまり知られていません。そもそも、コウモリが鳥類ではなく、哺乳類であることも知られていないのではないでしょうか。哺乳類では、他にもムササビ、モモンガ、ヒヨケザルなどの空中を滑空する種が知られていますが、鳥類に匹敵するほどの完全な飛行能力を有する哺乳類はコウモリだけです。
超絶能力 その1:反響定位(エコーロケーション)
コウモリも目は見えますが、多くの場合コウモリは視覚には頼らず、洞窟の暗闇を反響定位で髪の太さほどの精度で周辺環境を計測して飛行します。反響定位は、高周波の音を物体に反射させ、その反響音を聞くことで周囲の環境を認識する方法ですが、コウモリは反響定位によって、獲物までの距離や、獲物の大きさなどを把握して狩りを行います。
超絶能力 その2:高速飛行
コウモリの翼は、鳥の翼とは構造が大きく異なり、むしろ人間の手に近い構造をしています。細長い指が柔軟な膜でつながっており、翼には血管、神経、筋肉があり、その飛行速度は時速160キロを記録したこともあります。
超絶能力 その3:長寿
普通、生物は小さな身体は大きな身体の動物に比べて寿命が短いのが一般的です。ところがコウモリは10グラム前後しか体重がないのに、これまでに記録された最高齢のコウモリは少なくとも41年も生きた記録が残っています。ある種のコウモリのテロメアは短縮しないことがわかっていますが、長寿についてはまだ謎が多い段階です。
超絶能力 その4:ウイルスへの抵抗力
コウモリは長生きでしかも、生涯健康でがんも発症しないことがわかっています。また病原性の強いウイルスに感染しても発症しません。この点に関しては近年の遺伝子解析によってコウモリの免疫関連遺伝子は、ウイルスとの激しい攻防を繰り返す進化の歴史の中で、著しく強力な抵抗性を獲得してきたことがわかってきています。この免疫力を人間の免疫獲得に応用できるのではないか、という研究も進んでいます。
最後の5番目の超絶能力は、生態系を健全に保つ能力です。コウモリのほとんどは昆虫が主な食料です。それら昆虫の中には、農作物に損害を与える害虫も多く含まれています。米国における試算では、コウモリによって害虫が駆除された結果節約された農薬の費用は年間2兆円を超えるとされています。さらには作物の受粉もコウモリは行っており、バナナ、マンゴー、グアバ、カカオなどは結実においてコウモリの効果が大きいことがわかっている作物です。その他、テキーラの原料であるブルーアガベの受粉に欠かせない存在であることも酒飲みの間では有名な話です。
昆虫の農薬耐性は菌の仕業だった
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単一の農薬を連続して使用すると、農薬抵抗性を持つ害虫が出現することがあります。抵抗性のメカニズムの一つとして、昆虫自身の遺伝子変異による農薬の標的となるタンパク質の構造の変化が挙げられます。また近年、昆虫体内の共生細菌が農薬の解毒に重要な役割を果たしていることもわかってきました。しかし、これまで共生細菌を介した農薬の解毒メカニズムは解明されていませんでした。
産業技術総合研究所の研究者らは、害虫の生理生態や、害虫に共生する微生物の役割を研究する過程で、ダイズを食害する農業害虫のホソヘリカメムシに有機リン系農薬であるフェニトロチオンを分解する農薬分解菌が共生することで、宿主の昆虫も農薬抵抗性を持つことを2012年に発表しました。今回新たに、遺伝子解析技術を昆虫–共生細菌モデルに適用し、昆虫と共生細菌による農薬分解メカニズムの解明が行われました。
試験管で培養した共生細菌にフェニトロチオンを分解させ、その際に活性化している遺伝子を調べることで、5個の遺伝子が関係するフェニトロチオン分解経路が解明されました。一方、共生細菌はフェニトロチオンを分解できるものの、その結果生じた分解産物(3M4N [3-メチル-4-ニトロフェノール])が共生細菌にとって強い毒性を持ち、菌の生育を妨げることもわかりました。つまり、この共生細菌は、宿主である昆虫にとって有毒であるフェニトロチオンを分解することで、自身にとっての毒物を作るという、不合理な性質を示したのです。一方、宿主昆虫にとって3M4N は無害でした。
普通に考えると、共生細菌が農薬フェニトロチオンを分解することにより、3M4N がホソヘリカメムシの腸内に蓄積し、これにより共生細菌が死滅するはずです。ところが、実際は共生細菌はカメムシの腸内で増殖しています。この結果は、フェニトロチオンの分解生成物質3M4N は、ホソヘリカメムシの体内では共生細菌に作用することなく、速やかに除去されていることを示唆しています。
そこで、共生細菌が共生するホソヘリカメムシの消化管を摘出してフェニトロチオンの分解過程を調べたところ、フェニトロチオンが消化管内に浸透して分解された後、速やかに分解産物の3M4N が消化管外に放出されることがわかりました。また、ホソヘリカメムシの排泄物から3M4N が検出され、3M4N は昆虫体外にそのまま排泄されていることが明らかとなりました。
追加研究として、共生細菌が持つ農薬分解経路の1番目の遺伝子(mpd)だけが発現していたことからこの遺伝子を欠損させた遺伝子変異細菌株を作成してホソヘリカメムシに共生させ、農薬への抵抗性を調査しました。
その結果、mpdを欠損した共生細菌を移植されたホソヘリカメムシは農薬抵抗性を獲得できないことが明らかとなりました。共生細菌による害虫の農薬抵抗性化が一つの遺伝子で決まることは、農薬分解機能の自然環境中での伝播を考える上で非常に重要です。それは、複数の遺伝子によって決まる性質よりも、一つの遺伝子で決まる性質の方が、細菌同士の接着による細菌間の性質の伝播が発生する可能性が高いと考えられるからです。実際に、農薬分解菌と非分解菌を一緒に培養したところ、高い頻度で農薬分解mpd遺伝子が非分解菌に伝播しており、さらに、mpd遺伝子を獲得した菌がカメムシに共生するだけで農薬抵抗性を獲得することが実験により明らかになりました。
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単一の農薬を連続して使用すると、農薬抵抗性を持つ害虫が出現することがあります。抵抗性のメカニズムの一つとして、昆虫自身の遺伝子変異による農薬の標的となるタンパク質の構造の変化が挙げられます。また近年、昆虫体内の共生細菌が農薬の解毒に重要な役割を果たしていることもわかってきました。しかし、これまで共生細菌を介した農薬の解毒メカニズムは解明されていませんでした。
産業技術総合研究所の研究者らは、害虫の生理生態や、害虫に共生する微生物の役割を研究する過程で、ダイズを食害する農業害虫のホソヘリカメムシに有機リン系農薬であるフェニトロチオンを分解する農薬分解菌が共生することで、宿主の昆虫も農薬抵抗性を持つことを2012年に発表しました。今回新たに、遺伝子解析技術を昆虫–共生細菌モデルに適用し、昆虫と共生細菌による農薬分解メカニズムの解明が行われました。
試験管で培養した共生細菌にフェニトロチオンを分解させ、その際に活性化している遺伝子を調べることで、5個の遺伝子が関係するフェニトロチオン分解経路が解明されました。一方、共生細菌はフェニトロチオンを分解できるものの、その結果生じた分解産物(3M4N [3-メチル-4-ニトロフェノール])が共生細菌にとって強い毒性を持ち、菌の生育を妨げることもわかりました。つまり、この共生細菌は、宿主である昆虫にとって有毒であるフェニトロチオンを分解することで、自身にとっての毒物を作るという、不合理な性質を示したのです。一方、宿主昆虫にとって3M4N は無害でした。
普通に考えると、共生細菌が農薬フェニトロチオンを分解することにより、3M4N がホソヘリカメムシの腸内に蓄積し、これにより共生細菌が死滅するはずです。ところが、実際は共生細菌はカメムシの腸内で増殖しています。この結果は、フェニトロチオンの分解生成物質3M4N は、ホソヘリカメムシの体内では共生細菌に作用することなく、速やかに除去されていることを示唆しています。
そこで、共生細菌が共生するホソヘリカメムシの消化管を摘出してフェニトロチオンの分解過程を調べたところ、フェニトロチオンが消化管内に浸透して分解された後、速やかに分解産物の3M4N が消化管外に放出されることがわかりました。また、ホソヘリカメムシの排泄物から3M4N が検出され、3M4N は昆虫体外にそのまま排泄されていることが明らかとなりました。
追加研究として、共生細菌が持つ農薬分解経路の1番目の遺伝子(mpd)だけが発現していたことからこの遺伝子を欠損させた遺伝子変異細菌株を作成してホソヘリカメムシに共生させ、農薬への抵抗性を調査しました。
その結果、mpdを欠損した共生細菌を移植されたホソヘリカメムシは農薬抵抗性を獲得できないことが明らかとなりました。共生細菌による害虫の農薬抵抗性化が一つの遺伝子で決まることは、農薬分解機能の自然環境中での伝播を考える上で非常に重要です。それは、複数の遺伝子によって決まる性質よりも、一つの遺伝子で決まる性質の方が、細菌同士の接着による細菌間の性質の伝播が発生する可能性が高いと考えられるからです。実際に、農薬分解菌と非分解菌を一緒に培養したところ、高い頻度で農薬分解mpd遺伝子が非分解菌に伝播しており、さらに、mpd遺伝子を獲得した菌がカメムシに共生するだけで農薬抵抗性を獲得することが実験により明らかになりました。