Chapter-511 べん毛モーター

http://www.obio.jp/voy/511.htm

 ナノマシン、といえばみなさん何を想像されるでしょうね。 科学者であれば血管の中を患部まで移動して血栓症などの治療を行う医療用ナノマシンを想像するかもしれませんし、SFマニアであれば毒物を注入する注射器を搭載した人工ウイルスが大統領暗殺に使用されるシーンを想像するかもしれません。 ですが、そういったナノマシンはまだ実用化されていません。

 ナノマシンは通常の装置をナノスケールで作ればできるかと言えばそうではなく、人間サイズであれば問題にならない静電気や万有引力、摩擦力のようなものがナノスケールになると相対的に大きな影響を及ぼすことになったりするために、設計や製造が非常に難しくなるのです。 ですが、ナノスケールの超高性能モーター、猛スピードで安定して回転し、瞬時に回転方向を切り替え、安定高速回転に一瞬で達する、しかも驚異的な大トルクで、世界最高性能のステッピングモーターを上回るなのモーターであればすでに存在しています。 それは、べん毛モーター、微生物が水中を泳ぐためにエンジンとして使用されているモーターです。

 べん毛モーターの存在と構造が明らかになったのが1990年代のことで、その後もナノマシンとしての応用を目指し、また今のところ生物で発見されている唯一の回転装置としてその不思議なメカニズムの解明が続けられています。

 べん毛モーターの研究は大腸菌で最も進んでいます。大腸菌は1マイクロメートル、つまり1ミリメートルの1000分の1ほどの長さの単細胞生物です。大腸菌は周辺の栄養分や有害物質の濃度に反応して活発に泳ぐことが知られています。大腸菌において船でいうスクリューに相当するものが鞭毛というムチのようなひもで、船のエンジンに相当するものがべん毛モーターです。べん毛は大腸菌の大きさの何倍もの長さがあります。大腸菌はとても小さいので、大腸菌は水を非常に粘りけの高いものとして感じているはずで、その中を進むためにはこのような、本体よりも何倍も大きなスクリューでなければ思い通りに動くことができないのです。

 24分の1の自動車プラモデルを子供の頃にたくさん作ったという方も多いと思います。現在の自動車のプラモデルのほとんどは動力をもたず組み立てとディスプレイを楽しむものになっていますが、昭和の時代はマブチモーターったモーターライズがほとんどだったと思います。あのモーターを分解するとモーターのケース側に固定子と呼ばれる永久磁石がついていて、回転する軸があり、軸には回転子と呼ばれる電磁石がついています。つまり、固定子と回転子の吸引反発でモーターの軸が回転するのですが、電子顕微鏡によるべん毛モータの観察の結果、なんと、べん毛モーターも基本設計は同じで、固定子と回転子で軸が回転する仕組みだったのです。これは驚くべき事実です。動物の体の構造をモチーフにして装置を設計することは珍しくないことですが、小型モーターのあるべき姿を追求したらなんとべん毛モーターと同じ構造に知らずに行き着いていた、というわけです。

 一方で、人間の作ったモーターは電線をつないでマイナスにチャージした電子を電流の流れとして利用しているのに対し、べんモーターは、プラスにチャージしたイオンを利用しています。人間が作り上げたモーターが最終的にマイナスチャージを使用し、生物が進化の過程でくみ上げたモーターがプラスのチャージを利用することを選んだ、というこの違いはとても興味深いですね。

 直径わずか50ナノメートルでありながら、毎分10,000回転という性能を発揮するべん毛モーターは多数のパーツが巧みに組み合わされて構成されていますが、それらはすべてタンパク質でできています。モーターの遺伝子やタンパク質の解析から最近様々なおもしろい仕組みが明らかになってきています。たとえば、べん毛モーターは一度組み立てられれば完成品として使い続けられるわけではなく、モーターの動力源である陽イオンがなくなってモーターが使えない環境になると解体され、陽イオンが増えてモーターが使える環境になると再び組み立てられているようです。

 モーターを構成するパーツのくみ上げ方は1通りではなく、固定子の数を自由に増減できる仕組みになっていて、陽イオンがたくさんある場合には固定子の数を増やしてそれらを十分に活用し、陽イオンが少ない環境では固定子を減らして効率を高めるなど、ユニットの数を自由に増減してモーターとして最も効率よく機能するように変化させており、これは人間が作ったモーターでは実現されていないレベルの動力制御です。

 べんモーターは患者の血管内で薬を患部に輸送するシステムのモーターなどに使えるのではないか、など応用研究が進められています。


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2014-09-15 : ヴォイニッチの科学書 : コメント : 0 :
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